【大学受験】本当に宅浪でよいのか真剣に考えてみた

医学部生の日常
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こんにちは。現役医学生のTKDです。多くの人が医学部受験を決意し浪人することになってしまった場合、一度は医学部専門予備校を検討した方は多いのではないでしょうか。ネットのテキトーな記事には医学部予備校に行かないと合格はできないなどの記事がありますが、本当にそうでしょうか。私自身の経験も交えながら正しい受験戦略を皆さんと考えていけたらと思っています。

ぶー
TKD

最初に自分自身の浪人生活を紹介するね。

自分が宅浪を決断するまでの経緯

自分が浪人をするのが決まったのは高校最後の3月でした。この時の自分の考えは進学実績のある予備校に通えば医学部に合格できるだろうという甘いものでした。こんな気楽な感じで予備校探しを始めました。実際に有名な大手予備校や医学部予備校の面接や説明会も行きました。

これらの活動と同時になぜ自分は医学部受験に合格できなかったのか考えてました。当時の分析結果は、積分と高分子化合物の範囲が受験レベルに至っておらず、最低合格点に届いていないことが分かりました。また全体的にミスを防ぐ取り組みや演習量、得意科目の形成が足りてないように感じました。つまり、1年間の浪人生活でやるべきことは、苦手分野をはじめ演習をたくさんしてパターン化することが必要だと思いました。

なかなか行きたい予備校が見つからずヤキモキする日々が続き、自分が送りたい浪人生活は宅浪がベストではないかという結論に至りました。医学部に合格した人の多くは医学部予備校の出身も多く、自分が選択しようとしている宅浪のリスクは大きく見えました。また親にも予備校費は気にしないで勉強に集中する1年にしてくれと言われ、親に応援されていないそして孤独な闘い、そして全責任が自分にあることを選択するのは大変でしたが、話し合いを重ね毎日図書館に通い自宅では勉強しないという条件で落ち着きました。

宅浪に合う人間とは?

この記事では全員に宅浪することを勧めているのではありません。当時の自分には、明確に1年間することが決まっておりどんな結果があろうと自分が責任をとるという思いがありました。ですから、予備校に行って指示されたことと自分の考えが違った時に困るのではないか、そしてインプットの授業が多くなり、演習量をこなせなくなる(学習効率が落ちる)のではないかと不安があり、予備校には行きませんでした。

合格した人を2つに分けるとしたら、1つ目は予備校に通っても通わなくても合格した人、2つ目は予備校に通っていなければ合格しなかった人です。

1つ目の人は、宅浪でよい人です。浪人を決断した時になぜ失敗したのか、そして改善するために必要なことを考えられ、決めたことをやり抜く力がある人です。言葉でいうのは簡単ですが、できる人は少ないのではないのでしょうか。2つ目に当てはまるの多くは、自分に合う予備校を見つけることができ、そして素直な人が多いと思います。簡単に言えば、どちらにも当てはまらない人は合格できないことが多く多浪への道が招待されると思います。

宅浪を送るのに必要だと思うこと

1年間の宅浪生活で、宅浪でも合格できた理由を振り返ってみたいと思います。最初は成功した受験生であれば誰もが思うことですが、毎日勉強することです。規則正しい生活を送り寝る時間と食事、トイレ以外の時間は学習に充てることです。こんな当たり前なことを書いていても面白みがないので別の記事にどのような生活を送っていたかまとめてますので確認ください。

この記事で強く紹介したいのは友達の大切さです。コロナウイルスの蔓延で友達と会う機会が減った人が多い1年になったと思います。そのような期間どのように皆さんは感じたでしょうか。自分は緊急事態宣言中、友達と電話する機会がありいつもは短い電話しかしない自分でしたが、数時間も話をしていました。寂しいと思っていなかったのですが、やはり人との交流を求めていたのでしょう。

宅浪をするということは、極端に友達(他人)と会う機会が減ります。私の場合、家族と図書館の人、丸亀製麺の店員さんとしか話さない日々が続きました。このことを辛いと直接感じたことはないのですが、願書を出しに出かけた郵便局で会った友達や電話をした友達と長時間会話していたのをよく覚えています。浪人中の悩みを真剣にきいてくれる友達はとても大切なのではないでしょうか。他にも宅浪で友達が大切だと思う理由があります。合格する人が送る浪人生活は大変なものです。自分のために勉強していることは頭で分かっていても、どうしても行動に移せない時が自分にはありました。誰しも経験したことがあるのではないでしょうか。このような場面で、自分のことを忘れずに応援してくれる存在は大事だったと感じました。

自分の場合、浪人を許されず、医学部希望であったが進路を変更し夢をあきらめた友達に、私の分まで勉強して合格してきてねと言われたことや、自分がつらく大変な時にも電話で話してくれる友達、私自身のことを考え1年間連絡を友達側から送らないと言ってくれた友達などがいました。

勉強から逃げ出したい日々でしたが、このように応援してくれる友達がいて1年間という時間があり、その友達に不合格と伝えられるでしょうか。自分自身のために自分が行動することが難しい時には人のために行動していると考えれば少しはできることも増えるのではないでしょうか。そんな応援してくれる人はいないという声も聞こえてきますが、本当にそうでしょうか。自分はそのように考える人に気付く能力がないだけのように感じます。

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